ラブリング
リングに心が宿ってる。

ジュエリーは、僕にとって特別なもの。
ブランド、値段うんぬんよりも、それが誰から贈られたのか、が大事。

特別なジュエリーは自分で買うものではなく、贈られるもの。
そういうと、なんかおおいに誤解されそうだけど(男性に自分では買えないブランド品を買ってもらおう的な女性は苦手ですから。ごく一部、だと思いますけどいるには、いる、ので)
できれば、きれいな意味で(?)誤解なく浸透するべき考え方かと思います。

僕自身、お守りのように大切に身につけているのは、友達や恋人、母親に贈られたジュエリーです。撮影用に使い分けるものは、ジュエリーだろうがビジューだろうが必ずどこかでなくします。人に贈られたものは、なくした、と思っても必ず出てきます。そうすると、もっと愛着が。
大地がツグミに常に贈っていたのは、カルティエでした。
カルティエはハリー・ウィンストンのように(とまではいいませんが)平均して石がきれいです。LOVEリングなど、らしいといえば、らしいです。ただし、必ず石の入ったジュエリーを大地はツグミに贈ります。ダイアなしのゴールド無垢、というものは贈りませんでした。石が、必ず入ったものを。しかも大地は、石とは出会いのもの、と心得ていて、同じデザイン、商品でもひとつひとつ石の表情を確かめて、これぞ、というものを贈っていたようです。

男性が男性に物を贈る、というのは社会人ではまれでしょう。
同僚みんなでまとまって、というのは時にあることですが。
大学生なら、まだあります。
小学生のときは、普通にあったことです。友達の誕生日は、イベントでしたから。
ツグミと大地の間では、そうゆうことはもはや、僕はどうでもよかったのです。

男が愛する人間に物を贈る、というのはもう、それこそ人類はじめから、生物学的行動という説があります(うそ。今考えた
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自分で稼いだお金を使って、愛する人間のために物を贈る。
涙でそうです。
僕はその行動が、素直にいいな、と思ったので。

あ、このブログはわりとまじめに書けましたね(ナイス)
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by foodlovers | 2007-11-15 12:45
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