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cry cry cry

最近よく泣くと僕はブログで言っておりますが

いまだに。
えへっ。

なんだか年々涙もろくなるようで。
信じられないくらい泣き虫であります。


外で食事をしていて、前の席の人たちが楽しそうに食事しているのを見るだけで目頭が熱くなる僕であります。
別にいい人ぶるつもりはありませんが、人が楽しそうに食べている姿、というのは本当にぐっとくるもので。

食の仕事をしていてよかった、と感じる瞬間でもありますが、何かそれをも超えた「何か」な気がします。食べている=生きているという構造が、僕のなみだを誘うようで。


生きている証拠、です。



食が、もっともっと楽しいものになるように。
僕ももっともっといろんな「表現」に精進であります。



ヒースレジャーのことも、いまだ哀しいのであります。
彼という存在が、だんだん次々生まれる日々のニュースに流され、世間の人の記憶から忘れられていくようで、とても哀しく思います。
だって、彼の近しい人の記憶からは、絶対忘れることができないことなのです。
それくらい、人の命がひとつなくなることは、大きなことです。


命がなくなっても、それは終わりじゃないと説かれたこともあります。
でも、残った人間にとってはそれは「終わり」であり同時に血液全部吸い込まれるような深い「悲しみ」のはじまりです。

少なくとも僕は「その別れに意味があった、だからよかった」なんて振舞えるできた人間ではありません。

どんなに時間がたっても、それは同じです。



僕が泣く場所は最近、うちにジェイクがいることが多いのでもっぱらシャワー浴びてるときです。
そうするとジェイクは気がつかない。

シャワーの水流より激しい涙であります。





僕が何をやろうとも
僕が何を手に入れようと
僕が満足することはなく。

僕逆にが何を失っても
僕がくやむことはなく。



100億円を手に入れても(たとえばね)
100億円を失っても


僕にとっては「どうでもいいこと」


自分のもの、の感覚がないのであります。


いつもそう。だから全然満足せず。
何か目標を達成しても、喜ぶことなく、もう次のことで頭がいっぱいなのであります。

喜ぶことも、立ち止まる気も、余裕もゼロで。

ただ進むだけ。


そんな複雑な心を抱く僕に絶対気がついてるな、というジェイクは前に言いました。
とても短い、短い言葉で。


「Life is a party」

と。


このニュアンスは、母国語でないと短いだけにむずかしいでしょうか・・
「人生はパーティーさ」なんて訳されそうですが、違うのであります。

楽しむべきというパーティー、と別の意味のパーティー、つまり集団、をひっかけて言っているのです。
さらに「人生」と「命」というライフが持つ別々の意味をさらにかけてあるわけであります。



「一人じゃないんだよ」という意訳をあえてしましょう。



たしかにそうであります。

例えば僕が本を作るにも担当編集者やカメラマン、デザイナーさんや印刷所の人やもっともっとたくさんの書ききれない人間が「よいしょ!」と支えてくれているわけで。


ジェイクの言うとおり

「PARTY」であります。


へビィなブログに終わらぬよう

楽しげな写真をアップしておく僕であります。セピアプリントした写真であります。
ちなみに僕の隣はジェイクでなく、クレーベルであります。


「PARTY」中の写真であります。


僕のまわりが言うように、僕はもっと楽しむべきかもしれませんねぃ。
楽しい作品作りたいならなおさらでっす。
ふと感じました。この写真アップしてて。

えへっ。

あ、それからほら見てくださひ。
僕以外、みんなティシャツでしょ?これ1月末の先日の写真ですよ!
ね、ジェイクといい、体温感知センサー?の謎であります。


ではまた!
by foodlovers | 2008-02-11 11:57
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