クリスマス

クリスマスは、子供のころ僕にとってのお正月にもまさる最大イベントだった。


なぜなら、僕の母親が「すんごいがんばって」数々の料理を作ってくれたからだ。
このすんごいがんばった、というのは、商売をしながら、年末の恐ろしく忙しい中で、お客さんの対応にてんてこまいになりながらも、5人の子供のため、さまざまな料理を作ってくれた。だからこのすんごい、という表現を選ぶ。


もともと韓国は普段から、相当、というかかなりの品目の料理がテーブルに並ぶ。
食べることをことさら大切にする民族だからである。
遊びに来た日本の友達は必ずどの子も、ごはんを食べていけ、と言われてテーブルに座ると「今日は何かのお祝い日?」ということを聞いてきた。
もちろんお祝いではなく、普段の食事である。

うちはけして裕福ではなかったが、食べ物だけはしっかり食べさせてくれた。
お金は子供に残せないから、せめて身体は作ってあげたい、が両親が常に言っていたことだ。

その普段に増して、クリスマスはからあげ、焼肉、数種類のおにぎり、数種類のサンドイッチ、チキン照り焼き、お刺身盛り合わせ、韓国の惣菜盛りだくさん、などなどテーブルを広げのらないほど作ってくれた。8人も家族がいれば、相当な量とご想像いただけるであろう。


そこに大きなクリスマスケーキが加わるのであるから、子供が喜ばないはずもない。


おなかいっぱいで動けないほど(ほんとに)食べた記憶がはっきりと残っている。





クリスマスの手伝いでひとつ上の姉がにぎるおにぎりが特に上手に思えた。その姉が手伝うサンドイッチも、仕上がりがとてもきれい。その姉も今はかわいい子供が2人いる。
クリスマスはやっぱり、はりきっていろいろ作っているそうだ。



姉は自分の母親がしてくれたことをそのまま自分の子供にしてる。


僕は、食育っていうのは、こうゆうものだと思う。

誰かから無理くり習うものでもなく、きわめて本来、普通というか、当たり前だったはず。


社会や家族構成が変化する現代、むかしのようなままで食生活、というのは無理な話、という場合もあるけれど。



でも、別に昔のようなままである必要はそもそもないのだ。子供が育ったときに、楽しかった食事の記憶が残るのであれば。僕はそう思う。

僕は、昔の食生活をリスペクトしているので、実は「昔に帰ろう」的考えは個人的には大好き。
が、この仕事をしていて、現実問題「おいしくて簡単で栄養があればいい」のである。
理想を言えば確かに
手間ひまかけて、一から丁寧に。この響きは素敵だが(個人的に本当に大好き。文字にするだけで心は躍る)実際何人の読者がついてこれるか、となるとまだ疑問。もちろん、いるにはいるから、本当はもっともっといろんなパターンを踏めればいいのだけれど。



いずれにしても、今必要とされているレシピはうんと簡単でいいはず。
「食育」と漢字で固くとらえなくてもいいかもしれない。
来年は、もっともっと間口を広げられたらいいと思ってる。
食の入り口を、もっと広く。

いろんな提案の仕方があるはずだから。




ラブインクックを出した後、業界関係者からいろんな意見をいただいた。
驚いた人も、もちろんたくさんいたし。いろんな意味で。



ただ僕がはっきり言えるのは。


誰もやらないことを、僕はやる。

身体張って僕はやる。


クリスマスの食卓が、僕は本当に大好きだったから。


いろんなものが、いろんな形で広がる世界。
おいしくて、楽しくて、うれしくて。幸せのエネルギーで満ち溢れてた。




年中クリスマスの食卓のエネルギーであふれているような人間になれれば、そんな仕事が来年できればいいと思う。


いいと思う、でなく、僕はやる。




食に関する思い出作りの、そのひとかけらでもお手伝いできれば。

僕には、今、自分の母親のクリスマスの食卓にかけた想いが、手に取るようにわかるから。


ちゃんと形にしてゆきます。





どうぞよきクリスマスを・・・。




ではまた。
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by foodlovers | 2007-12-23 10:29
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